世界一給料が高い町工場を作る。社長と社員の「普段の会話」が本質すぎた
BizHint 編集部
2023年4月28日(金)掲載
東京都墨田区で「世界一給料が高い町工場」を標榜する深中メッキ工業株式会社。毎年行われる給与アップ・賃上げに象徴される「徹底的な人材への投資」は、故・安倍晋三元首相が視察に訪れるモデルにもなりました。社員10人ほどの町工場で、なぜそんな給与形態が実現できるのか?なぜそれを可能にする社員が生みだせるのか?その鍵は、経営者の根本思想と、それが反映された社員との普段の会話の中にありました。
深中メッキ工業株式会社
代表取締役 深田 稔 さん
1987年、獨協大学経済学部を卒業後、明治製菓(現明治)に入社。3年後に家業である深田メッキ工業に入り、2008年に同社3代目の代表取締役に就任。大手企業でもできなかったリチウム電池部品のメッキ加工技術開発に成功したことで、高い評価を得る。複写機部品では世界シェア100%。2005年「すみだが元気になるものづくり企業大賞」、2011年「勇気ある経営大賞」優秀賞。札幌学院大学で客員教授を務めるなど、次世代の育成にも力を注ぐ。
社長になって最初に宣言した「毎年給料を上げる」
――貴社では「毎年給料を上げる」と宣言されていますね。
深田稔 さん(以下、深田): 私は家業に入る前に大企業でサラリーマンを経験したこともあって、給料は黙っていても毎年上がるものという認識がありました。「昇給しない」ことは非常識とさえ思っていました。
ですので、 自分が社長になった時「少しずつでもいいから毎年必ず給料を上げる」と決めたんです。
先代(実母)は、業績が悪い時に給料を下げたこともありました。ですが私が社長になってからは毎年賃上げをしています。もちろん景気・業績によって金額の多寡はありますが、下げることは決してありません。だって、バリバリ働いているのに、去年より下がったら、社員のモチベーションは下がりまくりでしょう?2013年に安倍元首相が視察に来られた時、若手社員2人と懇談したんです。安倍さんから「毎年賃金が上がっていますけれど、それで変化したことがありますか?」と尋ねられました。
すると社員がこう答えたんです…この言葉は、安倍さんがその後の初心表明から予算委員会の答弁まで至る所で使ってくれましたね。
2013年に安倍元首相が視察に来られた時、若手社員2人と懇談したんです。安倍さんから「毎年賃金が上がっていますけれど、それで変化したことがありますか?」と尋ねられました。
すると社員がこう答えたんです…この言葉は、安倍さんがその後の初心表明から予算委員会の答弁まで至る所で使ってくれましたね。
「晩酌が発泡酒だったのが、普通のビールに変わりました!」って。ニュースなどでも耳にされた方は多いのではないでしょうか?
――不景気やコロナ禍などの時期の賃上げは大変だったのでは?
深田: 中小・零細企業は大企業と違って社員が何万人もいるわけではありません。うちのような10人程度の規模だったら、仮に月に1万円上げても、月10万円です。これを高いと取るか、安いと取るか?
10万円だったら、その分はしばらく社長が自分の給料を下げるとか、もっともっと仕事を取るために動くとか、社内の効率を良くするとか、いくらでも工夫できる金額じゃないですか?
言ってみれば気持ちの問題です。それを、自分が腹を括ってできるかどうかだと思います。 「月にもう10万円稼ぐ」って、なんとなくやれそうじゃないですか?それができることこそが、経営者として、また会社として成長しているということでもある んですよ。
特に厳しかったのはリーマンショックの時で、売上が7割落ちました。でも、何とか踏ん張って3000円給料をアップしました。少額であっても、給料が増えたら社員は安心するじゃないですか。
本当に会社が苦しい時に「3000円だけど、今年は厳しいから我慢してほしい。また、しっかり上げられるようにするから」と言えば、社員だってわかってくれますよ。そしてそうすることで、社員は3000円以上にがんばってくれるんです。
毎年給料を上げるために、絶えず社員に問いかけていること
――毎年給料を上げるために、組織として取り組んでいることはありますか?
深田: 企業の成長を目指す上では、よくある考え方として「売上・取引先を増やし続ける、仕事を増やし続ける」というものがあります。しかしそれだと、いつか人を増やす必要が出てきます。すると、利益が人件費で消えるんです。さらに言えば、一人前になるまでに教育費だってかかります。
ですので、 「社員をできるだけ増やさずに、仕事・売上・利益を増やす」 というアプローチが必要になります。これは結局、「社員一人一人の生産性を高めること」と同じ意味ですよね。
――ではそれを、どうやって実現されているのでしょう?
深田: これはシンプルです。社員と普段から「じゃあ、給料を上げるためにどうするの?」という会話をしています。
仕事で工夫したり、新しい発見をしたり、売上に繋がる何かの行動をしたことが、自分の給料というメリットになって返ってくる。そしてそのために何ができるか?何をしようか?それを常日頃から話しています。
「あなたの給料を上げるためにどうしようか?」というストレートな会話を、社員と直接、日常的にしている経営者ってあまりいないのではないでしょうか?少なくとも私は聞きません。
さらに言えば、この手法は 社員から「この経営者は本当に給料を上げてくれる」と思ってもらえなければ成立しません。 そのためにも、長年にわたって「社員の仕事に給料アップで報い続けること」は重要なのです。
――そのような会話を普段からするに至ったプロセスを教えていただけますでしょうか?
深田: もともと当社の社員は、学校のお勉強という意味では必ずしも優等生ばかりではありません。そうした実体験も影響しているのかもしれませんが、頭ごなしに仕事の成否を言ったところで「すみません、すみません」としか返ってこないということがありました。
そんなやりとりを続けても一歩も前に進まないので、「どうしたらうまくいくか、自分で考えよう」と自主性を促すのですが、最初から「自分で考えろ、自主性を発揮しろ」と言っても、本人だってどうしていいかわからないですよね。
ですので、まずは「それが自分のメリット、給料になって跳ね返ってくる」ということを認識してもらい、改善のアイデアや行動を称賛していくことで、成功体験を積みながら変化を促していきました。
それが今となっては「給料を上げるには?」というストレートな会話という形になっているのです。
――事業構造として、他社と違う所はあるのでしょうか?
深田: 当社が手掛けるメッキ加工は靴磨きと一緒で、一般的にはお客様の注文を受けてピカピカにする商売です。お客様が足を出されて「はい磨きますね」という形。
でもそれでは、相手の言いなりで面白くない。むしろこちらから「これがいいんじゃないですか?」と提案したい。当社は加工業といえども、一般的な受け身ではなく「提案型」なんです。これは大きな違いですね。もちろんこの形態は売上・利益の向上にもつながります。
そういった中で、メッキ加工に伴う環境負荷物質の低減について、取引先だった大手企業の品質会議に参加したことがありました。下請け企業を集め、単位面積あたりの鉛の含有率低減を求める内容でした。
同業他社が何十社も集まり、大手企業側から低減目標の数値が提示されました。その数字を見て、私は手を挙げ「それは甘すぎるんじゃないでしょうか?もっと低減できます!」と発言しました。
先方も周囲も、皆びっくりです。「あれ誰?」「どこの会社?」「そんなことできるの?」って。周囲にとっては、目標となる数字だったのですが、当社はその数字を大きくクリアする方法を以前から知っていました。
そしてその手法を発見していたのは、社員です。日々、こつこつといろいろなことを試して、独自の手法を見つけていました。私はそれを知っていたので「今こそ使える!」と手を挙げたのです。
結果、大きな受注をいただくことにつながったのですが、こうした普段からの何気ない社員の試行錯誤とその社内共有の積み重ねが、当社が他社と大きく異なる点だと思います。
「お客様に言われたことを、その通りやれるようにがんばる」だけでは、余所の会社と一緒ですよね。
お金をたくさんもらって困ることはない
――「世界一給料が高い町工場」を標榜されています。
深田: 何かを世界一と標榜するとして、「世界一の技術」と言っても、技術って比べようがないじゃないですか。誰がどうやって決めるのかもわからない。
ある日、中小企業診断士の方が勉強のために学生を連れてうちに来られたことがあったんです。その時「御社はこんなに給料が高いんですか!?」と驚かれたんです。その時はじめて「あ、うちの給料って同業者や他の町工場と比較して結構高いんだ」と気づきました。
それで、「世界一給料が高い町工場!」を掲げました。もし世界一でなければ、それを目指すということも込めて。
私自身も実感しているのですが、 お金をたくさんもらって困ることってない じゃないですか?
技術力を前に出すと、社員は常に新技術を開発するプレッシャーに追われます。もちろん、「おたくの技術すごいね」って褒められるかもしれないけれど…言われて終わりということも。
でも「給料が高い」を謳えばそんなことはありません。社員はプレッシャーもなく「自分はこれだけ貰っているんだ」と胸を張れるようになります。モチベーションアップという意味でも、会社として手間暇かけて、成果のわからない施策を繰り返すより、余程効果的だと思います。
毎月一回、社員は必ず実感するものですから。社員としても、企業としてもメリットが大きい と感じますね。
新規開拓は「景気に左右されない」×「高難度」
――「人を増やさずに売上・利益を上げる」というお話がありました。それを継続するための考え方などありますか?
深田: 基本的には 「もっと難しくて、もっと高い単価の仕事」 が必要です。
そして既存のお客様への改善・改良提案だけでなく、まだ参入していない新分野への進出が大事です。
かたや、給料を上げ続ける、ということは事業成長を続けるということ。そのためには、会社の業績が景気で左右されない状態にしなくてはなりません。
ですので、進出する新分野は 「景気に関係なく数が安定している分野」や「世の中でたくさん使われているもの」 を探します。そこに使われている部品で、メッキ加工できるものはないか?そういう視点で、街中やニュースをチェックしています。
例えば、ガスメーター関連部品への進出は、検針の作業員おばちゃんの姿を見て思いつきました。ガスメーターには「定期的な取り換え需要」がありますよね。それから信号機。近年、薄いものへと全国で交換中です。
それらの部品にはどこかにメッキ付けが必要です。中でも小さくて用途が多いもの、しかもメッキ付けが難しく単価が高いものを選んで提案・開発していきました。
また、同じく大きく落ち込まないという意味で、1つの分野、業界にこだわっていません。家電や自動車はもちろん、半導体もやっているし、航空・宇宙も扱っています。 「今後もっと成長するであろうという領域」と「絶対になくならない買替え需要がある領域」 に特化して営業・提案してきました。
どんどん案件をパス。権限委譲でこそ社員は成長する
――社員の成長についての取り組みはありますか?
深田: 取り組みと言えるかどうかわかりませんが 「認める」 ですね。勉強ができなくても運動が得意な人もいるように、それぞれ長所が違います。その長所を認めて評価する。すると人として成長していきます。
また、私が担当していたお客様は全て社員にパスしています。社員にとっては、それはもう当たり前。余程のトラブルでもなければ、お客様から私への連絡はないですね。
任せないと本当の意味で責任感を持たないと思うんです。難しいやり取りになって、社員が「できれば逃げたいな」と思ったとしても、直接お客様と話すことで「これは逃げられない」とはじめて自覚します。一方で、お客様から直接感謝されたり褒められたりすると、とても嬉しい。 権限委譲は、絶対に必要 だと思います。
社長から社員への毎月のプレゼントが新巻鮭や毛蟹の理由
――その他、独自の取り組みはありますか?
深田: 土日出勤すると、仕出し高級弁当のおかずが一品増える、とかでしょうか?ほかにも「何が食べたい?」と聞いて、社員のリクエストに応えています。「本当に美味しいもの」を用意して食べてもらっています。
また、社員へのプレゼントも毎月行っています。河豚セット1家族分など、特上の食べ物を贈っています。今月は北海道のジャガイモ、1人30個です。去年の暮れには新巻鮭を1人1匹、そのほか毛蟹を2杯ずつ贈りました。
食べ物だって、違う形をしたお金です。「世界一の給料」を謳っていますが、給料の金額だけじゃなくて、食べ物のような形にすることで、余計に心に響く、社員やその家族に思いが伝わるんじゃないかと思っています。
ジャガイモが高い時期に、会社からジャガイモが送られて来れば「社員の生活を会社が考えてくれている」というメッセージも伝わるのではないでしょうか。決して、 「給料の金額を上げることが全て」だとは思っていません。
ただ、基本的には「私が食べたい。自分では買わないけど、もらって嬉しい。そして、本物」を選びます。新巻鮭1匹なんて、自分では買わないですからね。河豚だってしっかりしたものです。銀座で一番高いお店に卸している業者に、直接オーダーして送ってもらっています。
労働時間を半分に減らす。産休・育休制度すら不要な組織に
――生産性について、どのような姿を目指されているのでしょうか?
深田: 今すぐは難しいのですが、将来的には高付加価値の仕事をもっと増やして、働き方に余裕を持たせたいと思っています。
会社は社員が休んでいる間もお金を払っているわけですから、社員にとっては、同じ給料で休みが増えれば、給料が増えることに近い意味を持ちます。
「高い給料」と「たくさんの休み」。この2つが両立できると、当社の社員はより充実した会社ライフを過ごせることになります。
今の人数で、もっと難しくて、もっと単価が高い仕事をもっとやる。すると、必要な金額を稼ぐために必要な労働時間が短縮されて、週休3日も可能になります。もちろん、毎日もっと早く帰ることも可能になります。
これが例えば、子育て中の社員だと「別に早退しなくても、うちは3時に上がれるから幼稚園に迎えに行けるよ」となるわけです。「産休」「育休」などという仕組みを作って運用するより楽ですよね?さらには、その方が理想のライフスタイルです。
いろんな仕組みやルールを継ぎ足して作るんじゃなくて、そんなものが一切なくても普通に回るようにする。そのほうがシンプルで、余計な仕事やルールが生まれないじゃないですか。
こういうムダを徹底的に省いていくことが、より生産性の高い会社へと繋がっていくと考えています。
(取材・文:加藤 陽之 撮影:松本 岳治)
ブックマーク76
コメント(6)
この記事についてコメント(6)
コメントの投稿をするには、プロフィールの登録をお願いします。
田嶋 桂
株式会社三技協イオス エキスパート
経営者の論理が、すばらしく感じます。
方針のシンプルな進め方がより早く、簡単で組織伝達の共有・加速化につながっているように感じます。お給料の方は、間違いなく社員だったらWelcomeですよね。恐らく社員のお子さんやお孫さんまでもが大人になったら御社に入社したいと思います。
昨日
素晴らしいです!
100年後に残る会社だと思います。
2023年05月12日
池田 哲也
本田技研工業株式会社 経営企画統括部渉外部
皆で頑張って来年はアメリカ人なみの生活を享受しよう
石もダイヤもたいせつ
自分のためにはたらけ といっていた 本田宗一郎と同じ方向です。
2023年05月08日
大河内 均
福田金属箔粉工業(株) 研究開発部 調査役
鍍金というのは、理論ではわかつていても対象物次第で本当に難しいものです。社長は確かに独創的で素晴らしいマネージメントをされていると思いました。ただこの規模で経営者が技術者ではない中で、培ってきたノウハウが会社にあるとは言え、この人数でどこにも負けない技術力を確立するというのは、現場の社員さんのポテンシャルが凄すぎると感じました。お金やモチベーションだけで、限られた人数においてなかなか技術開発を成し遂げられるものではないですね。
2023年05月08日
森 滋彦
東邦電気株式会社 シニアチーフ
この方の素晴らしい所は、社員一人一人に「考える」ことを習慣付けたことではないかと思いました。その結果が独自の技術を作り、オンリーワンの製品を生み出す。それが自分の給料UPに繋がるという好循環を生み出せている。今後、「考える」ことを企業風土、文化にまで根付かせることが出来たら素晴らしいですね。
2023年05月01日
sakai hiroshi
Sojitz LLC Russia Administration Department Deputy General Manager
学びがある内容で興味深く読みました。
10人も一緒に働く職場ならば、役割の違いや仕事の取り組みに現れる個性の違いがあるはずと思いました。そのような違いはどのように認め合えると自立的でも信頼関係が高い職場環境を継続できるのだろうか。この記事を読み、思いました。
2023年04月30日
関連記事